たかのぶろぐ

独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。

草稿.31

 

殺して下さい誰か、すみません気軽に口を狭むなと自分に言い聞かせた直後ですが我慢できません、もう消えたくて仕方がないです、人生、生活を楽しむ方法を知らないのです、誰か教えて下さい、いや、自分で見つけないといけない、人に頼りすぎ他人本願は罪

前も書いた気がしますが人が嫌いでそれ以上に自分が嫌いです、人に頼る方法を知らない、僕は本当に何も知らない何も学んでいない、無知の知を自覚している分マシですか?本当に自分が厭になるのは「何も学んでいない、何も知らない」と書いておきながら何かしらを学んでいるという自覚と、学んでいてほしいという願望がその裏には見え隠れするのです、「学んでいない」と書くことで、一種の安心を得ているのです、そして「学んでいないと書くことで平穏を得ているという自覚」を認め分析できていることにまたある種の安心と、自分に対する最底限の信頼を獲得しようと試みていることに吐き気がします、そしてこれは続きます、気分が悪くて仕方がない、人に頼る強さすら持ち合わせていないのです、人に弱みを見せられない、助けを求められない、うつで休職した同僚がいました、〇〇君はそういうのはないの?と古参パートさんに聞かれました、何かしら言うべきでした、僕は大丈夫です何もありませんと言いました、彼女は助けを求める強を持っているのでは?復職する計画もあるそうです、弱さを見せている、公開しているのです、僕にはできません、これがフラグにならないように彼女の快復を祈ります

ストレスを感じるセンサーは人並み以上に繊細であることは疑いのない事実ですが、更に深刻なのは、ストレスを許容できるバケツの量もおそらく人並み以上に持ち合わせていることです、僕は弱いように見えて実は強いのではないかと思うようになりました、自分に対する嫌悪感、自責力は並大抵のものではないと自負しています、でも許容できてしまうのです、辛い時人は辞職したり休職することができますが、自分を傷付けることで、表の生活を何不自由なくこなすことができてしまうのです、左手首は傷だらけで肺と気管肢は真っ黒で肌は汚くそして心は闇ですが外の生活に支障はきたしません、弱いけど強いのです、本当に本当に唯一願いを叶えさせてもらえるのであれば、死に至る病を僕に与えて下さい、もちろん「絶望」ではありません

 

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