たかのぶろぐ

独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。

草稿.7

 

劣等感コンプレックスがひどい。すべての行動にコンプレックスの克服が絡んでいるように感じる。FX、フリーランス、受験、小説、ピアノ等の芸術分野。今のところ収入に関するコンプは無い。でも女やモテに関して真っ先に出てこないのは、自分の中では大した価値を持っていないから?それ以上に自分を助ける、自分を形作る要素が上に挙げたことなんだろう。コンプレックスとは曖昧なもので、明確にこれと言えるわけではない。例えば受験して最低限の学歴を得ようとしたのは、単に学歴が欲しかったわけではない。相手に対して最低限の頭の良さをアピールできる。何かを語る上で少しは理論の助けになる。少なくとも勉強できないね。頭悪いね。とは思われないだろう。こういった漠然としたことである。(とても卑劣な考えだが) でも、大学内の友人と接する上では何一つとしてメリットは無い。法大生であることが当たり前だからである。それ以外のもので自分を助けなければならない。自分を造り、コンプを埋める。これは弱い者の思考だと思う。強ければこんなことで騙し騙しやる必要は無い。コンプは消えることは絶対にない。コンプを埋めようとするのはある意味「逃げ」なのかもしれない。でも悪い感じはしない。法大生である21歳と中卒21歳は絶対に違う。2年前と今では全然違う。

コンプを埋めようと必死にもがいている自分に情けなさを感じる。顔に関してコンプがないのはなぜ?全然気に入っていないのに。克服したいことの中で優先度は低い。自分ではどうしようもないと思っているから?自分を助けてくれる要素としては弱いのかもしれない。その時点で自分が何に関して価値があるのかと思っているかが分かる。仮にイケメンになったところで、それほど心に余裕はできないだろう。まあ慣れるもんなら今すぐなりたいが。

人生とはコンプレックスと向き合うことではないか。そもそもコンプレックスとは何か。なぜできるのか。誕生日の話になり、成人式の話になり、全身から冷や汗が出た。自分の弱さを感じた。軽蔑した。情けなかった。これは大学の中で起きたことだからではないか。例えばフリーターの多いバイト先ではこんなに臆病にならなかったと思う。フリーターの中では法大である以上多少のコンプを紛らすことができる。これは良くない。学校名にこだわっている。痛い奴。人間として情けない。でも実際にそうなのだ。それで余裕ができるのだ。結局大学の中では無価値なのである。学歴以外で自分を助けるものは何か?何もない。だから臆病になる。臆病で弱い心を自分の意志で克服、変えること。弱い心を外部のもの(例えば学歴や収入)によって助ける、そして無くす。自分は後者しかやったことがない。芸術でそれを埋めることができるのか?魂、人間として成長するにはおそらく前者をやらなければいけない。でも後者を選んでしまうのだろう。そして今回は成功しないのかもしれない。