たかのぶろぐ

独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。

草稿.36


人に合わせてはダメだ、いや、ダメではないがそれ相応の覚悟が必要だ、想像通りにならなくても見返りがなくても裏切られても幻滅してはいけない、あいつが行くから行くではなく、行く理由は自分の中で見つけるべきだ、自分で決断し自分で納得しなければならない、他人を目的として行動すれば想定外のことが起きるのも当然である、ここで選択肢は2つある、既に書いたように目的を他人とせず自分に変えること、もう1つは勝手に期待するだけで見返りは求めないという姿勢、より人間らしいのはどちらだろう、流れに反してはいけないのか?

他人を目的として行動すると想定外の事が起きたときに落胆してしまう、では自分を中心に考えるべきなのか、他人を目的として動いていて、仮に裏切られても期待せずハナから見返りを求めなければメンタルは保てるのではないか、しかしこれは人間らしいか?人間の本来?から離れてしまうような気がする、運や巡り合わせといったものがある、これを中心に考えると自分の本来の気持ちを殺して無理矢理に心を建て直す作業、つまり見返りを求めず期待もしないから他人を中心として動く、といった思考は果たして大丈夫なのか、見返りを求めろとは思わない、ただ自らの平穏を維持するためにそういった機械のような感情のないピエロになるといった選択は良くないような気がする

全ては必然に従うならばこれも間違いではない、ただ学ばなければならない、改善すべきところは気づいた時点で直すべきだと思う、神即自然があるとするならば、心を騙し自らの傷を避けるために奮闘するのはイレギュラーではないか、向こうからすれば想定できない動きではないか、心に従うべき時はあるはずだ、先々週を休んだからバイトのシフトを入れ替え行ったが結局会えず無駄に感じた、逆に入れ替える前のシフトで行ってれば他方に会えたのである、来週休むから今回は会っておこうと思い裏をかいたが結局会えなかった、1週間で2回だ、何かおかしい、期待するな求めるななのか、自分のために動きなさいなのか

 

f:id:kazin:20231128010400j:image