たかのぶろぐ

独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。

草稿.77

 

精神が不安定である、あらゆることについて批判を繰り返しある人を怒らせてしまった、いつも自分のことはよく言うけど最近は他人を批判してばかりだねと言われた、刻一刻と迫り来る事態に怖気付いているのか?現実逃避か?とにかく落ち着かない、いつも通り冷静で心は平穏なはずだがどこか慌てふためいている

自分の置かれている環境、育った環境、実家の様態、自分を取り巻く環境を考えさせられた、一家は多くの意味で世間から大きく乖離している、自分を含め当事者はそれに気付くことができていない、今を取り巻く環境や一族の系譜を含め、多くの要素が僕の人格形成に関わっており、1つには特権階級といった一種の自惚れや、 同時に負い目や劣等感、コンプレックスを抱く要因にもなっているがその詳細はまた次回にしたい

世の人がどれだけ大変な思いをして生活をしているのか、当人はそれを苦労と感じていないのかもしれない、苦労と捉えることができないのかもしれない、が、尊敬に値する、金は湧いて出てくるものではない、身を粉にして精神を擦り減らして獲得するものだ、今の一家の状況は全くもって末期だと思う、終焉に近い、このサイクル、システムは今に始まったものではなく、このサイクル、システムが問題なのではない、必要とされる仕事でそれに対する報酬を得るのは当然のことだと思うが、当人達の意識が問題である、1日1時間未満の労力で、世間並みかそれ以上の対価を得ている現状は恵まれている、またそのお金で自分は生活し最も恩恵を受けている、が、それは世間では考えられないことであり、場合によっては批判の対象となり、当人達は引け目を感じる必要があると思う、少なくとも、今ある環境は恵まれすぎており羨望の眼差しの対象となるものである、全員が全員とは言わないが多くの人が欲しくても得られないような特権的なポジションに居座っているが、そのことに違和感を抱かず、いかに恵まれているかを自覚していない人がいる、ここが1つの嫌な所である、引け目を感じる必要はないが、この環境に甘え胡座をかいている場合ではない、そのメンタリティは間違っていると思う、2つ目はこの恵まれた状況を維持するための努力が全く見られないことだ、ここが信じられない、一体何を考えているのか分からない、この確立された利得システムも限界が見え、次の代(僕)には消滅しかかっていることだろう、先代の築いた莫大な遺産を削りに削って何とか一丁前な生活を装っているだけであり、当人の代が努力をしなければ衰退するのも当然である

もうこの一族は終わりだと思う、崩壊するのもそう遠くない、今ある状態を推持するための努力を放棄し、縮小へと向かう一族が許せない、何一つとして、本当に何一つとして努力をしていなのに、、、いけないこんなことを書くつもりは毛頭なかった、今の自分の中でいかに大きな割合を占めているかが分かる、実家の悪口を書く気分は良いものじゃない、何も先祖を批判しているわけではない、むしろ先代の方達には畏敬の念を抱く、最敬礼をしたい、それに対して当代の我々が情けなく感じる、先代の恩恵に預かりながら責任を放棄し悠々自適と暮らしているようにしか見えない、一方で批判をしていながらその恩恵をありありと受けているため僕の言動には矛盾を孕んでいる上に一種のジレンマを感じる

 

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